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電車を撮ろう。

日本国内のJR・私鉄問わず、電車・気動車・客車・機関車・臨時・回送・団体・イベント・貨物・試験列車・廃車体・陸送etc...鉄道に関する写真を不定期アップ


In 04 2012

Category: 東日本大震災   Tags: ---

南三陸のC58-16、その後…。

DSC_0373.jpg

DSC_0377.jpg
南三陸町志津川の松原公園。そこに保存されていたC58-16号機の現在の状況です。

4月下旬現在、公園一帯はがれき類の集積場となっており、以前の面影はすっかり無くなってしまいました。
堆く積み上げられたがれきに埋もれる様に、機関車はそこに横たわったままで、
もはや(保存車として)復活の道は完全に断たれてしまったという感じは否めません。
※残念ながらC5816号機は、2012.7.25から現地にて解体作業が行われた模様です。
またひとつ、震災遺構が失われました。大震災の記憶の風化へと繫がらなければ良いのですが。



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C58-16の周囲に積み上げられたがれきの山。
突然、そこに1匹のタヌキが現れました。その体躯はとてもやせ細っており、必死にエサを探しまわっている様子に見えました。
震災前は、一体どこに棲んでいたのか?あの震災は、動物の暮らしをも一転させてしまったのでしょうか。



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R398沿いに、この2月にオープンした南三陸さんさん商店街。
この日は晴天に恵まれ、週末とあって大勢のお客さんで賑わっておりました。

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商店街では食堂やお土産屋さんなど30店舗が軒を連ねております。
この日は「創菜旬魚  はしもと」さんで、新鮮なマグロがたっぷりのったマグロ丼を美味しく頂きました。
お吸い物も出汁が利いていて旨かった~!1500円也。

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商店街の中で海風に翻るこいのぼり。

商店街の皆さんは、相も変わらず私たちを笑顔で迎えてくれました。
このGWは復興支援として東北沿岸地方を訪れてみてはいかがでしょうか?
日常の生活で忘れていた大事なものを、思い出す良いきっかけになるかも知れませんよ☆
2012.4.21 南三陸町
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04 30 ,2012  Edit


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Category: 特大貨物   Tags: ---

125t変圧器陸送~後編~

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慎重にアンダーパスポイントをクリアした変圧器チームは、R4へと出る。
気づいてみれば、搬出地点からR4まで、実は至近距離。
しかし、R4に出る為にはJRの線路を越えなければならない。
だが、125tという超重量のために橋を渡ることが出来ず、徹底的に橋という橋を避けて来た。

JRの線路は下をくぐることで問題を解決。
普通に走れば5分とかからない距離を、実に2時間ほどかけて運ばれたのである。



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トレーラー移動時は、作業員4人がステップに乗って進行方向を注視。

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R4から、上り勾配で見通しの悪い狭い道へと入る。狭いと言っても普通車なら全然問題のない広さなのだが、
この常軌を逸した特大車両にとっては、車線を目一杯使って走行しなければならない狭隘路となる。


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その狭隘路が左カーブに差し掛かる。そのタイミングで対向車がやって来た。
トレーラーは徐に左端へ寄れるだけ寄って、何とか対向車両をやり過ごした。

立て続けに訪れる試練をひとつひとつ安全に、確実にクリアして、さらに変圧器チームは前進を続ける。


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住宅地を抜けて来た双頭の大ムカデは、再び右折という試練に立ち向かう。
大勢の誘導員に支えられて、慎重に首をゆっくりと右へ向け、じわりじわりと巨体をくねらせてポイントをクリアした。


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右折ポイントをクリア後、リモコンを操りながらゆっくりと歩を進める。

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右折が済んだと思ったら、今度はすぐに左折である。

カメラを構えて追っかけているだけの自分でさえ、この時すでに疲労困憊、睡眠不足。
輸送に携わる皆さんは、それ以上に疲れているはずである。


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変圧器チームが大通りに出ると、暫し停車して各部の点検が行われた。
100本以上のタイヤが125tの荷重を支え、無事にここまでやって来たのである。
しかし、まだここはひとつの通過点に過ぎない。
さらにこの後も続く修練に備えて、その1本1本のタイヤを、ひとつの亀裂さえ見逃すこと無く点検されておりました。


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ようやく真横からのアングルで撮影が出来た。
といっても、シュナーベルトレーラーと変圧器部分のみ。トラクター部分まではファインダーに収まり切らず。
片側4車線道路の広さをもってしても、このザマである。
いかにこの車両が長いということがおわかり頂けるでしょうか。

10分ほど停車したのち、再び一行は目的地へ向けて走り去って行きました。
無事に変圧器が届けられることを祈りつつ、私はここでリタイア。
眠い眼を擦りつつ、帰京の途へ就きました。

2012.4.16  福島県郡山市内にて。


【関連記事】
125t変圧器陸送〜前編〜
125t変圧器陸送〜中編〜




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04 29 ,2012  Edit


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Category: 特大貨物   Tags: 陸送  

125t変圧器陸送~中編~

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交差点の左折を無事に終えた変圧器輸送チームは、次なる試練へと立ち向かう。
続いてはアンダーパスの通過である。
既に先導車は坂を下り、トンネルの中で待機中。

地上では、たくさんのスタッフと後導車に誘導されながら、
ゆっくりと、いま正に輸送チームは25%の下り勾配へ差し掛かろうとしていた。


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ゆっくりと下り勾配を下りて行くトレーラー。
その動きのひとつひとつを大勢のスタッフが厳しい目でチェックする。
後続には一般車両が連なるが、時ならぬ超大型貨物輸送に遭遇し、何事かと車を降りて様子を窺う方の姿も。

 
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じわりじわりと車は勾配を下り、いよいよ変圧器部分がトンネル入口に差し掛かろうとしている。
時速は5キロも出ていない。
前から後から、更に下から上から真横から、そのブツが天井に接触せぬよう、視線は一点に集中する。


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トンネル内部に突入。
カツンカツンかなと思ったら、結構余裕が有りました。
それでもなお、慎重にゆっくりと輸送チームは進み続けます。
DSC_0077.jpg
後方は些か渋滞気味。
そんな重圧にも屈すること無く、輸送チームはペースを崩さず、変圧器輸送に専念します。
顧客から任された大事な物を、安全・確実に届けるために。
これぞプロと言わずして何と言うべきか。
これは新幹線車両陸送よりも遥かにデリケートな輸送であり、見応えが有る。
¥←これも相当かかっているかと思われ…。


画像はすべて平成24年4月15日撮影。 


【関連記事】
125t変圧器陸送〜前編〜
125t変圧器陸送〜後編〜


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04 26 ,2012  Edit


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Category: 特大貨物   Tags: ---

125t変圧器陸送~前編~

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シキ801B1で運ばれて来た変圧器は、日中にトレーラーへ積み込まれ、夜を待って搬出された。
郡山貨物ターミナルをベンツ4850のプッシュプルで出発する。
その速度は時速5~10km/hほど。人が歩くくらいの非常にゆっくりとした速度で、その巨大な姿を現した。
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公道に出ても走るペースは変わらず、ゆっくりと、慎重に運ばれる変圧器。
前後のトラクタをも含めれば、その全長は新幹線陸送の時よりも長い。40mは有ろうか?
宛ら、大ムカデか巨大ガニが道路を這うかのような輸送劇に、偶然遭遇した誰もが足を止め、その非日常的な光景に暫し目を奪われる。
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しかしデカい。新幹線陸送が霞んで見える。恐るべし変圧器陸送チーム。
変圧器と道路標識との間はほんの僅か。ぶつかりそうでぶつからない。ミリ単位の緻密な計算が、この陸送を可能にしている。

ここで、交差点を左折すると言うイベントが訪れた。交差する道路は、片側2車線の広い道路。
まずは他の交通を一時的に規制して、曲がる準備にかかる。

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ゆっくりと交差点を曲がるトレーラー。上下左右、全方向に注意をしながら慎重に歩を進める。


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絶妙な誘導と、前後の4850による巧みなハンドリングで左折を無事に終えた。
そしてここで暫しの停車となる。続けざまに訪れる次なる関門に備えて。


画像は全て平成24年4月15日、郡山市内で撮影。

【関連記事】
125t変圧器陸送〜中編〜
125t変圧器陸送〜後編〜



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04 22 ,2012  Edit


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Category: 貨物・臨海鉄道   Tags: ---

125t変圧器取り卸し作業#2

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変圧器取り卸し作業の後編です☆
シキ801の掛梁が外された後は、クレーンからワイヤーをワッショイワッショイと引っ張り寄せます。

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125t変圧器の左右のピン穴にワイヤーが掛けられました。
クレーンのブームは伸ばされておりません。

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フックに掛けられたワイヤーは、こんな感じに張られておりました。

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そして変圧器の移動開始。
吊り上げかな?と思ったら、コロを並べてその上をゆっくり転がし始めましたよ。
実に地道で根気のいる作業です。
クレーン車は、吊り上げでは無くウインチの役割をし、ゆっくり、ゆっくりと125tの変圧器を時間を掛けて手前に引き寄せます。まさにピラミッド建造を彷彿とさせる、原始的な搬出方法です。
変圧器はこの形で運ばれることが多いようですが、重たすぎて吊り上げが出来ないのでしょうか?それとも安全上の理由か何かでしょうか?

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1本1本、コロを次から次へと繰り返し並べて、慎重に移動させて行きます。気の抜けない作業です。

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やがてトレーラー積み込み場所まで変圧器の移動が完了すると、こんどはトレーラー輸送用の掛梁が取り付けられます。先ほどまで置かれていたシキ611用の梁が吊り上げられ…

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左右のヒンジ部を合わせて、ピンが取り付けられます。

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そして慎重にトレーラーを誘導して、ミリ単位で停止位置を調整します。
この後、変圧器の左右には無事にシュナーベル式トレーラーが取り付けられ、深夜の搬出までひとまず待機となります。日中の作業、お疲れさまでした。

@画像は全て2012.4.15郡山貨物ターミナルにて敷地外から撮影。  

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04 20 ,2012  Edit


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Category: 貨物・臨海鉄道   Tags: ---

125t変圧器取り卸し作業#1

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シキ801B1は郡山貨物ターミナルに到着後、DE10-1197によって取り卸し場所へと入れ換えられました。
側線脇には、既にベンツ4850がスタンバイ。 夜の主役へとバトンタッチされます。
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そして変圧器輸送には欠かせない、240型シュナーベル式トレーラー☆

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シキ801B1の入換えが行われている頃、並行してトラクターとトレーラーの入念点検が行われておりました。
トレーラー部分のタイヤだけで8本×5列の合計40本!!!
タイヤの点検だけでも、だいぶ時間をかけて見ておられました。

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側線への据え付けが完了したシキ801B1の方でも、着々と取り卸しの準備が進められております。
ちなみに変圧器は、日本AEパワーシステムズ製。同社は日立製作所、富士電機、明電舎の3社による合弁会社でしたが、本年3月末で合弁を解消してしまいました。もしや、今回運ばれた変圧器は、同社製の最後の変圧器なのでしょうか?

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左手にはシキ611-B1用と標記された車体枠が置かれ、
また右手には60t吊りクレーン車が2機、待機しておりました。


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こちら、変圧器の上部ではカバーの取り外しが行われており、

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下廻りは物陰に隠れてよく確認出来ませんが、変圧器の下部に鉄板を幾重にも敷き詰めているようです。


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上部のカバーが取り外された後はヒンジ部の極太ピンを抜く作業が開始。
しかし、なかなかすんなりとは行かず、ハンマーで叩く等しての抜き取り作業が続きます。

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ピン抜き作業は左右の梁で同時に進められ、ピンが抜けた後は速やかに貨車が人手により移動されます。

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ようやく左右の梁が解放され、変圧器の姿が露になりました。
いよいよ、シュナーベルトレーラーへの積み込み作業が開始されます。



@画像は全て、2012.4.15郡山貨物ターミナルにて敷地外から撮影。

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04 18 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

田老

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2011.5.4 三陸鉄道北リアス線  田老~摂待  
波に洗われた大地から、逞しく水仙が芽を出し、田老の地を応援するかの様に花を咲かせた。
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2011.4.9 三陸鉄道北リアス線  摂待~田老 
25キロでゆっくりと走る宮古行き支援列車が田老の町を行く。車窓からの光景は、3.11以降一変した。


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2011.5.3 三陸鉄道北リアス線  田老駅 
野球場が有ったあたりは、搬出された物が堆く積み上げられていた。そのひとつひとつに、人々の思い出が詰まっているに違いにない。


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2011.4.9 たろう観光ホテル 


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2011.4.9 田老郵便局 

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2011.5.3 
世界一の防潮堤に設置されていた分厚い鉄の門が飴の様に拉げている。
海側に抉じ開けられていることから、引き波によって押し曲げられたのだろう。
水流の凄まじさを物語る。


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2011.5.3 
田老漁港付近の斜面に掲げられていた過去の大津波の高さを残したプレート。
昭和8年の昭和三陸大津波では10m、明治29年の明治三陸大津波では更に高い15m、東日本大震災での津波は、それらの大津波を遥かに超える38mの巨大津波が押し寄せた。

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2012.3.11 三陸鉄道北リアス線  田老駅 
東日本大震災から1年を迎えたこの日。三陸鉄道では特別番組の取材が行われていた。
宮古の駅で三鉄グッズを購入していたら、福澤朗アナがレポートをしながら列車に乗り込んで行き、その後、田老駅のホームで小雪が舞う中、町の現在の様子を伝えていた。

この後、福澤氏らは田野畑駅からの試運転列車に添乗し、生中継で試運転のレポートが行われたようである。


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2012.3.11 
14時46分、私は田老の防潮堤の上に立ち、黙祷をしておりました。
高さ10m、幅3m、総延長2443mの「万里の長城」と言われた世界一の防潮堤の上に住民の方々やボランティアの皆さんが手をつなぎ、亡くなられた方々の冥福を祈った。
ひとりひとりが海に向かい、そして町に向かって黙礼し、あの日を振り返った。

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04 17 ,2012  Edit


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Category: 特大貨物   Tags: ---

【特大貨物】シキ801変圧器輸送【沼津~郡山】

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2012.4.15 JR東北本線 久田野

日曜日の早朝、東北本線を大物車シキ801が走った。
4月12日の深夜、静岡県沼津を出た列車は時間をかけて14日早朝に宇都宮貨物タに到着。再び、その日の深夜に出発して到着地の郡山貨物タへ向けて走り出した。
本線上での速度制限が有るため、運転の殆どはダイヤに余裕の有る夜間が中心となる。


早朝、久田野駅に到着するとすぐに機関車のライトが見えた。
駅近くの跨線橋からのアングルも考えたが、低速で駅を通過する所を見たくてホームでカメラを構えて待つ。
特大貨物列車の駅通過速度は20キロ。EH500にも引けを取らない長尺で重厚な貨車は迫力が有り過ぎ。

DSC_9135のコピー
朝靄の中、時速45キロでゆっくりと走行する列車。黒磯でPFからバトンタッチされた機関車はEH500-57。
JRFさんの計らいか、「がんばろう東北&福島」ラッピングが施された金太郎でした。
DSC_9140_20120416121847.jpg
2012.4.15  泉崎~矢吹(上記2点とも)
思えばシキ800型大物車は4年前の北海道・新得特貨以来4年ぶりに撮影する。
超重量の変圧器を積載するためにデザインされた大物車の構造は、見れば見るほど奥が深い。
今回輸送されたのは重量125tの変圧器。低速走行が、より一層の重量感を醸し出す。



DSC_9168.jpg
2012.4.15 鏡石~須賀川 
ムカデのような車体に朝陽を浴びて金色に輝かせた編成は、ゆっくりと北上を続ける。
16軸の台車が、マシンガンのように独特の走行音を放ち、車体からは擦れ合う金属音が耳を劈く。これぞシキの醍醐味♪


DSC_9192.jpg
2012.4.15 須賀川~安積永盛 
数日間に渡る輸送劇もいよいよ大詰め。線路に平行する道路が少ないため、北海道の様に追っかけ撮影は思う様に出来なかったが、久しぶりにバケモノ貨車が見られて大満足でした。


特6  9195レ編成:EH500-57+シキ801B1+ヨ8404


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京葉臨海特大貨物変圧器輸送
特大貨物シキ801 in 北海道【五稜郭~大沼】
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特大貨物シキ801 in 北海道【長万部~豊浦】
特大貨物シキ801 in 北海道【豊浦~東室蘭】

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04 16 ,2012  Edit


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Category: 私鉄・三セク   Tags: ---

大震災ニモマケズ

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2011.4.8 三陸鉄道北リアス線 久慈~陸中宇部 
今からおよそ1年前の三陸鉄道北リアス線。震災から1ケ月が経とうとしていた4月7日23時32分、この時点では大震災以降最大規模の余震となるマグニチュード7.4、震度6強の地震が東北地方を再び揺るがした。
この地震によって東北一帯は大規模な停電に見舞われることになる。

翌朝、羽田から青森行きの1番機で東北入りをする。この状況で飛行機が飛んでくれたのは有り難かった。
しかし、依然として停電は復旧の目処が全くたたない状況。レンタカー店に行くと、薄暗い店内で貸出しの手続きに追われる店員の姿があった。パソコンは使用出来ず、全て手作業での書類手続き、電卓を叩いて精算する。

雨の中プリウスを走らせて青森の町へ出ると、ますます深刻な事態が目に飛び込んで来た。
稼働している信号機はひとつも無く、大きな交差点ですら交通整理をする警官の姿も無く、車はお互いに譲り合いながら、そこを往来していた。

コンビニも電気が点いていないので、開店しているのか閉店しているのか近づいてみないとわからない。
大半は店を閉めていたが、何とか開いている店を見つけて入るも、棚はすっからかん。ご飯やパンの類い等は100%手に入らなかった。カロリーメイトとポテトチップスを購入して、それを朝飯代わりとした。当然、コンビニのレジも動かず、そろばんを使っての精算である。レシートは手書きの領収証が使われており、それが渡された。

ラジオを聞きながら八戸市内を走る。安全確認のため、この日は青森、秋田、岩手、宮城県内の全てのJR線、青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道、など殆どの私鉄各線も終日運休が決定した。

線路が流された八戸線の惨状を目の当たりにし、久慈を過ぎると、三陸鉄道と国道45号線がクロスする。
時刻表を確認すると、10分ほどで列車が来る。しかし、運行されていればの話しだが。
徐々に陽が傾く中、カメラを構えていると、遠くにヘッドライトが見えた。

えっ!?っと思いファインダーを覗くと、なんと、こんな日でも三陸鉄道は運転されていた。
大震災からわずか5日後の3月16日から、復興支援列車として久慈~陸中野田間で走り始めた三鉄の列車が、ゆっくりと、ゆっくりと走って来る。信号設備が壊滅状態に遭いながらも、代用手信号を使用し、25キロという低速で運転されていた。
運転士さんと、安全確認の為でしょうか?もう一人、係員さんが乗務して前方を真剣な眼差しで見つめながら、ゆっくりと、車体を左右に揺らしながら通過して行きました。

国鉄最後の日も、D51が牽引したオリエントエクスプレスを見ても、碓氷峠最終日でさえ泣かなかったのに、鉄道を撮っていて初めて涙が溢れてきた4月8日の夕方でした。

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04 13 ,2012  Edit


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Category: 北海道   Tags: ---

塘路駅と「力也」

名称未設定-1
1993.7.3 釧網本線塘路駅 
平成24年4月8日、安岡力也氏が65歳という若さにして逝去されました。
安岡力也と言えば、子供の頃に「ホタテマン」でその存在を知り、映画「ブラックレイン」や「極妻シリーズ」などでは見事なまでのヤクザ役を演じていた名優でした。
そんな強面の力也氏も、時には旅情豊かな旅番組にも出演したりしていました。
今からちょうど20年前に放送された番組で、北海道を旅した力也氏。大自然と人の優しさに感動し、当時の釧網本線塘路駅を訪れた時、その想いを残そうと駅の看板に「力也」の名前とロケ日をサインしていました(写真)。
今のご時世にこんなの放送したら、ちょっと問題になるかも知れませんが、当時はサインをしているシーンを普通に放送していたんですよ。
そして翌年1993年の夏、バイクで北海道ツーリングに行った時に塘路駅で確認したのが上の写真。確かにサインしてありました(笑)
当時はこぢんまりとしていた小さな駅舎。その向こうに停めてあるのが当時の私のバイク、ホンダAX-1です。
北海道に通う様になってこの時はまだ2年目。以降、毎年欠かさずに最低年1回は北海道へと足を運んでおります。



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2010.2.7 釧網本線塘路駅 
そして現在の塘路駅。1998年7月1日にリニューアルされ、こんなにおしゃれになりました☆
待合室内では神奈川から移住されたと言う方が喫茶店を営んでおります。

もう、「力也」のサインは残っておりませんでしたが、彼が感動した大自然は今でも健在です。
本当に惜しい俳優を亡くしました。心よりご冥福をお祈りします。どうか安らかに。

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04 09 ,2012  Edit


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Category: モノレール・新交通・路面電車   Tags: ---

満開

復興支援のために買わせていただいた車が、漸く岩手県の工場で落成し、東北道をはるばる陸送されて、先日うちの庫へ無事に搬入されました。
ソメイヨシノの満開が好天の週末と重なってくれたので、新車の公式試運転を兼ねて湾岸地区へ出掛けて参りました。
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2012.4.8 東京モノレール 大井競馬場前~天王洲アイル 
競馬場前駅近くのサクラの下で。
競馬といえば今日は桜花賞だったか。予想通りジェンティルドンナが来たみたいだが、馬券買ってなかったし。。。


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 2012.4.8 東京モノレール 天王洲アイル~大井競馬場前 
運河脇に並ぶサクラの木も満開

実は、つい2、3日前から花粉のアレルギー症状らしきものが出始めて、どうにも体調が優れず。
とりあえずこの日は80キロほど走って入区しました。今度は、この車の生まれ故郷を辿りに、桜前線と共にまた岩手県へと出掛けて参ります。

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04 08 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

宮古

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2011.5.4 JR山田線 宮古~磯鶏 
閉伊川に架かるJR山田線の第34閉伊川橋梁は、橋桁もろとも流失。橋の奥手が磯鶏方面。
津波は橋を流したあと、堤防を越えて宮古駅手前まで達していた。
宮古駅には被害が無く、現在、JR山田線は宮古~盛岡間で運行を再開している。

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2011.5.4 鍬ヶ崎郵便局 
鍬ヶ崎局は宮古港に近い鍬ヶ崎上町に在ったが、被災後に内陸の鍬ヶ崎下町へ移転、2011年11月4日に営業を再開している。

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2011.4.9 宮古港 
建築現場の足場が崩れかかる宮古港の一角。
宮古では旭川からの陸上自衛隊第2師団が災害復旧の任に就いていた。


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2011.4.9 宮古市内 
断水が続いていた宮古市内。自衛隊の給水車が巡回し、市民への供給を行っていた。


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2011.4.9 宮古港 
 一般道が建物の倒壊などにより通行不能のため、宮古港の岸壁が迂回路と指定された。
往来する車は過半数が自衛隊車両で、物々しい雰囲気に宮古の被害の大きさを実感した。
写真中央は、毎夏の自衛隊機材輸送臨でもお馴染みの資材運搬車。
東京ではソメイヨシノが満開の頃、東北沿岸では依然として災害復旧活動が行われていたのである。

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04 07 ,2012  Edit


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山田町

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2012.3.11 JR山田線 陸中山田駅 
現在もなお、復旧の目処が立っていない山田線。陸中山田駅のホームは残されていたが、駅舎やレールは撤去されていた。


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2011.4.9 JR山田線 陸中山田駅(上記2点) 
震災からおよそ1ヶ月後の陸中山田駅。駅周辺は津波による被災後、大規模な火災が発生して約10haを焼失。
自衛隊による空からの懸命な消火活動が行われるも、鎮火するまでに3日間を要した。


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2011.4.9 
陸中山田駅前で見た光景。地震の後の津波、そして火災。
戦禍を彷彿とさせる程のあまりの被害の大きさに、この光景を見た時は言葉が出なかった。


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2011.4.9 
鳥居だけが残された北浜地区の大杉神社。


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2011.4.9 


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2011.4.9 山田郵便局 
港に近い所に有った山田郵便局の局舎上に打ち上げられた漁船。


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2012.3.11 
その後、山田郵便局は解体され、局舎が有った場所は更地となったが、郵便局自体は内陸側に移転し、既に営業を再開している。


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2011.4.9 
自衛隊を始めとする捜索隊により、瓦礫の中から見つけられた多くの思い出の品々。
持ち主が探しに来た時に見つけ易い様にとの配慮から、それらは道端へと置かれていた。


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04 02 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

津軽石

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2011.5.4 JR山田線 津軽石~豊間根 
花巻発宮古行き普通列車1647D(キハ100-9+12)は、津軽石駅で震度5弱の地震に遭遇。その後、押し寄せた津波で50mほど豊間根方向に押し流された。


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津軽石駅の待合室。撮影は5月だったが、ストーブは倒れたままになっていた。

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窓の汚れ具合から、津波は営業時間を知らせる札の下あたりまで来た事が窺える。

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2011.5.4 JR山田線 津軽石駅(以上5枚)
津波は津軽石川を遡上し、堤防を越えて駅周辺に流れ込んだようであるが、この辺りの住宅は大きな被害を受けていない様に見えた。列車を押し流すほどの波が押し寄せていた事を考えると、住宅が流されなかったのは、まだ不幸中の幸いだったのか。


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2012.3.11 
留置されていたキハ100系は、2011年7月14・15日に現地にて解体、撤去された。

テーマ : ある日の風景や景色    ジャンル : 写真

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04 01 ,2012  Edit


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