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電車を撮ろう。

日本国内のJR・私鉄問わず、電車・気動車・客車・機関車・臨時・回送・団体・イベント・貨物・試験列車・廃車体・陸送etc...鉄道に関する写真を不定期アップ


In 03 2012

Category: 東日本大震災   Tags: ---

大槌

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2011.4.9 
津波の脅威を示す象徴的な光景のひとつ、大槌の観光船はまゆり。
釜石市の観光船として就航していた同船は、大槌町内の造船所で定期検査を受けていた時に被災し、津波でドックから約400mほど流された挙げ句、2階建て民宿の屋根の上に乗り上げた。新聞でこの空撮写真を見た時は、とにかく衝撃的だった。


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2012.3.11 
この「はまゆり」も、津波の脅威を後世に伝えようと保存の話しが持ち上がったのだが、震災の悲しみを思い出してしまうという意見と、船の重量200tという重さから、徐々に建物が崩壊の危険にさらされているという事で撤去が決まった。2011年5月10日、大型クレーン2機によって「はまゆり」は地上に下ろされ、海に戻る事無く解体された。
しかし、この場所から海まではさほど距離も無く、200t船なら何とか運べそうな感じもしたのですが…。船に目立った損傷もなかったのにちょっと勿体ないですね。

と思ったら、2012年3月18日、「はまゆり」の復元が検討され始めたとの発表が。ますます勿体ない事を…。




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2011.4.9 

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2012.3.11 


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2011.4.9 JR山田線 大槌駅 


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2011.4.9 


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2011.4.9                  


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2012.3.11 
被災地の中を走る岩手県交通の路線バス。都内城北地区や埼玉県内でも見た事有るような塗装なのは、
岩手県交通が国際興業グループのため。このカラーで、ここを走っているのを見ると、もの凄い違和感をおぼえる…。

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2012.3.11 大槌町中心部 
ちょうど1年という節目のこの日も、警視庁の支援部隊によって側溝の泥等を除去する作業が行われていた。
大槌町ではおよそ800人の方が犠牲となり、また行方がわからない方も未だ500名近くおられる。


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2012.3.12 
大震災から1年を迎えたこの日、大槌町の上空をハクチョウたちが大きく舞っていた。

それは宛ら亡くなられた方へ弔いの言葉を掛けるかのように、鳴きながらゆっくりと、2度3度と大きく飛び回っていた。
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03 31 ,2012  Edit


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Category: 私鉄・三セク   Tags: ---

富士と堰堤とロマンスカー。

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御殿場であさぎりを見送った後、松田の堰堤へ。
ここでも富士山が綺麗に拝めました。
ただ、川の水量が少なくて堰堤の手前側が乾いており、ちょっと締まらない画になってしまいました。

橋梁を渡るロマンスカーの「タタン、タタン…」という連接台車特有の音と川のせせらぎを聞きながら、暫し、行き交う小田急線の車両を仰ぎ見る。



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広角縦アングルで。

あ、10000形!長い間おつかれさまでした。




2012.2.4 小田急小田原線  新松田~栢山(2枚とも) 

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03 29 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

鵜住居

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2011.3.26 JR山田線 鵜住居~両石 

昨年、大震災の後に初めて被災地を訪れたのが、ここ鵜住居だった。
震災後2週間の一般車通行禁止が解除された東北自動車道。ガソリン供給不足の真っ只中、サービスエリアの給油所は軒並み行列が出来、漸く順番が回って来ても上限2000円までしか給油出来なかった。
福島県に入ると途端に道路状況は悪化し、至る所で凹凸が見られた。
すれ違う上り線側の車両は、殆ど赤色灯を点けた緊急車両ばかり。

50キロの速度制限と、折からの降雪の中、10時間以上かかって釜石道東和ICを降り、ほとんど車の通りの無い中を走り抜けて、鵜住居に辿り着いたのは3月26日の早朝だった。

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2012.3.11 JR山田線 鵜住居~両石 
築堤左側の重機が見える辺りが鵜住居駅。
レールや枕木は撤去され、残されたバラストが、鉄道の名残りを思わせる。


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2011.3.26 

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2012.3.11 


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2011.3.26 
車1台が横転しただけでも大変な事態なのに、車はおろか、建物や橋など、あらゆる物が壊されていた。
そんな光景が、この東北沿岸部数百キロに渡って続いていたのである。
この鵜住居小学校付近も大変な被害となっていたのだが、この時はまだ手つかずの状態であった。


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2012.3.11 鵜住居小学校付近(上記2枚とも) 
同地点での1年後、瓦礫類は片付けられ、流入・堆積した泥も搬出されていた。




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03 28 ,2012  Edit


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釜石#2

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2011.6.19 
大震災から3ケ月が過ぎた頃の釜石市内。
地域によって復旧作業の進捗状況にばらつきが見られたが、釜石は比較的瓦礫の撤去等が遅いように思えた。
木造家屋よりも鉄筋造りの建物が多かった為だろうか。
根こそぎ倒された郵便ポストでさえ、この時点でもなお、道端に倒れたままになっていた。



そんな釜石市内で、震災から1年を迎えた平成24年3月11日に「かまいし復興の祈り」という催しが行われた。
現在不通となっている南リアス線釜石駅のホームに通じる通路に、全国各地から釜石に寄せられたメッセージの展示や、キャンドルが灯された。


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2012.3.11 三陸鉄道南リアス線 釜石駅 

「想いの木」に、市民が復興を願うメッセージを記した桜の花を咲かせていた。
 
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釜石駅前で販売された「釜石から復興未来行き」きっぷ。
当初、1000枚限定販売予定だったのだが、発売前に問い合わせが殺到し、急遽1000枚が追加販売された。
さらに海外などからも注文が相次ぎ、追加発行を重ねた累計販売数は12000枚。
1枚300円で販売された復興硬券の収益金は、全額、三陸鉄道へ寄付される。

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2012.3.11 JR釜石駅前(上記3枚とも) 

「かまいし復興の祈り」釜石駅前広場の会場では、およそ2500個のメッセージキャンドルが並べられ、日没とともに火が灯された。
亡くなられた方への感謝の言葉、復興への願いを込めた言葉に、多くの人が足を止め、それを見つめ、目を潤ませながら、この1年を振り返っていた。



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03 27 ,2012  Edit


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釜石

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2011.3.26 平田総合公園 
災害支援に駆けつけた自衛隊第7師団の特設基地となった平田の運動場。
第7師団第7生活支援隊は、震災直後から同年6月下旬まで、ここをベースとして釜石や大槌町内にて食事や給水、風呂の提供などの生活支援のほか、道路の開拓や瓦礫の運搬などを行った。動員された隊員の数は、延べ68000名にのぼる。


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2012.3.11 
自衛隊撤収後、運動場には仮設住宅が建てられた。



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2011.6.19 釜石港 
堤防を壊して止まったアジアシンフォニー号の向こうに、釜石大観音を望む。


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2011.3.26 


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2011.3.26 
パナマ船籍の4000t貨物船「アジアシンフォニー」


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2012.3.11
同船は、2011年10月20日に大型クレーン船で吊り上げられ、7ヶ月ぶりに海に下ろされた。
その後、船底の防水処置が施され、11月1日に釜石港を出港。曳航されて同月7日、広島へ到着している。


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03 26 ,2012  Edit


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大船渡


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2011年12月4日、JR大船渡駅近くに市内最大の仮設商店街「おおふなと夢商店街」がオープンした。
今年3月からは「8」の付く日に夢市が開かれ、仮設商店街以外からも店が集まって朝市が開催されております。



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また同じく2011年12月20日には、夢商店街のすぐ近くに仮設飲食店街「大船渡屋台村」がオープン。
中華料理や鍋料理、おでんに寿司、お好み焼き、沖縄料理など様々な味を提供する20店舗が出店している。

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2012.3.11 


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2011.5.4 JR大船渡線 大船渡~下船渡 


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2012年3月11日、上記の撮影場所と同地点にて撮影。
瓦礫は撤去され写真中央奥の太平洋セメント大船渡工場の煙突からは、工場が稼動していることの証である白煙が出ている。なお、同工場へ石灰石を輸送している岩手開発鉄道は、2011年11月7日に運行を再開している。



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2011.4.9 JR大船渡線 盛駅 

写真手前のホキは、岩手開発鉄道の貨車。奥に停車しているキハ100-41+100-31は津波で冠水し、以降、盛駅に留置されていたが、8月22日に構内でトレーラーに積載され、未明に搬出、郡山工場へ陸送された。



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2012.3.11 盛駅 

運行が再開された岩手開発鉄道。この日は日曜日で貨物列車の運転は無かったが、留置中の貨車には支援に感謝するメッセージが掲げられていた。




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2011.4.9 JR大船渡線 大船渡~下船渡 

この区間では、14時50分に大船渡駅を出発した338D(キハ100-30+38)が津波で冠水。以降、駅間で留置され続けていたが、7月26日から現場にてキハ100は車体を半分に切断する作業が行われ、28日の日中に搬出・陸送された。


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2011年5月4日、JR大船渡駅方向を望む。大震災から2ヶ月が経とうとしていたが、大船渡の復旧作業は遅々として進まず、瓦礫はほとんど片付けられていなかった。大船渡線は現在、復旧方法について線路かBRTかとの議論が続けられているが、再びここに列車が走る日は来るのでしょうか。



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2011.4.9 

三陸沿岸は過去に幾度と無く津波の被害を受けている。それを教訓にすべく、町の随所に記憶の風化を防ぐ看板が掲げられているが、「災害は忘れたころにやってくる」という言葉が無情にも心に響く。


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03 25 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

陸前高田

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     2011.3.26 

この日、陸前高田病院付近では、神奈川県警による一斉捜索が実施されていた。
2012年3月23日現在、陸前高田市では死者・行方不明者の数が1789人となっており、岩手県では最多の被害者数となっている。



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上記3枚、2011.3.26 JR大船渡線 陸前高田駅 



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2011.3.26 



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2012.3.11 陸前高田駅  


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2012.1.8 




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03 24 ,2012  Edit


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Category: 東海   Tags: ---

300系J55編成ラストラン

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先週末、夜のニュースで見た300系J57編成のラストラン。
たくさんの人に見送られて東京駅を去って行ったちょうどその時間、自分は仕事してました。
結局、特別装飾のJ編成はなんだかんだでず~っと撮れずじまいだったのですが、J55編成のラストランでようやく撮影の機会に恵まれました。

3月21日の朝、出勤前に東京駅へ寄り道。
ニュース映像で見たような混雑を覚悟していたのですが、ホームへ着くと、ほとんど待ち人はおらず。
情弱主任かサトやん、はたまた荒井弐號あたりが来ているのでは?とホームを見回すも、知った顔は見当たらず。
J待ちのカメラを持った方は片手で数えられる程度だったでしょうか。




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ラストラン装飾はそのままに、東京駅に300系新幹線が最後の入線をする。
営業運転としては16日にラストを飾ったが、この日は本当のラストラン、JR浜松工場への廃車回送だ。


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登場してから20年ですか。鉄道車両の寿命としては少し早い気もしますが。
300系デビュー当時はあまり鉄道に興味も無く、ニュースか何かで「新しい新幹線」が出来たんだ~程度の認識でした。
「新型の割に随分格好悪いデザインだなあ…」というのが当時の率直な感想でして、その印象はほとんど変わらないまま今日に至る…といった感じでした。


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J57の時のような喧噪など全く無く、見送る人も疎らの中、静かにJ55編成901列車は東京駅を出発。
二度と戻らぬ旅に出て行きました。

最後にマルちゃん、お忙しいのにあれこれありがとうございました~♪


2012.3.21 東海道新幹線 東京駅 

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03 21 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

気仙沼

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気仙沼では1300人を超える方々が亡くなられたり、今もなお行方不明になっている。
JR気仙沼線気仙沼発小牛田行き2492D列車は、最知~松岩間を走行中、震度6弱の地震に遭遇、築堤上にて脱線して停車後、津波に押し流されて築堤下に転覆した。
被災車両のキハ48-552と1544は、5月23日ごろから現場にて車両の解体・搬出作業が開始され、同28日までに塩釜港へ陸送されている。


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列車進入禁止区間の標識が立つ直ぐ先で列車は緊急停止し、被災。わずかな停車位置の差で車両の運命が変わった事がわかる。

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2011.3.26 気仙沼線 松岩~最知 

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2011.5.2 気仙沼市松崎浦田付近

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2012年3月9日、気仙沼市赤岩杉ノ沢に仮設のユニクロがオープンした。
1年間限定での営業で、100平方メートルの店内にはフリース等、お馴染みのカラフルな衣料品が所狭しと並べられていた。ここで私は、旅の着替え用にと、下着類を大人買いさせてもらいました。
駐車場は100台。1年前に訪れた時は、向かいのホーマックの駐車場が自衛隊の車両で埋め尽くされていたのを思い出します。

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港ふれあい公園の近くには、2011年11月12日、「復興屋台村 気仙沼横丁」がオープンしていました。
まぐろ料理をはじめ、ラーメンやうどんなどの食堂や鮮魚店など22店舗が並んでおります。


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3月10日、気仙沼市魚町では歌手のさだまさしさんを迎え、復興イベント「魚町ッつあもどっぺす!」が開かれました。 

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催しの最後では精霊流しが行われ、亡くなられた方への思いを綴った供養札や千羽鶴を精霊舟に乗せ、市民の方々が合掌してお見送りする中、船は気仙沼湾内をゆっくりと1周し、長い汽笛を鳴らして大島沖へと進んで行きました。

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03 20 ,2012  Edit


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南三陸

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被災地で次々と仮設商店街が開店する中、ここ南三陸の町にも遂に2月25日土曜日、仮設店舗の「南三陸さんさん商店街」がオープンしました。仮設と言っても、ゲートはこんなに立派なものです。
商店街の中には食事が出来るお店も多数有り、かつて南三陸の食堂がこの町の名物にしようと共同製作した「キラキラ丼」が復活し、幾つかの店舗で提供されておりました。ちなみに私は「豊楽食堂」さんで頂きました。1500円也。

さんさん商店街の場所は国道398号線本吉街道沿い、仮設ファミリーマートから内陸側に少し進んだところです。
広い駐車場もございます。



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商店街の中央にあるイベントステージに、復興まねき猫が鎮座していました。
既にたくさんのメッセージで埋め尽くされております。


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2012.3.10 

海辺に近い松原公園に保存されていたC58-16号機。
昨年訪れた時は、この辺りはまだ公園としての面影が残っていたのだが、現在は瓦礫の集積場になっているようで、ご覧の通り、C58は堆く積まれた瓦礫の一部と化してしまっていました。
いずれは再び保存されるのか…と思ったのだが、こうなってしまっては、もはやそれも難しいようです。



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最近、ぽつぽつと開店を始めたコンビニ。プレハブ造りの仮設コンビ二なのですが、中に入ってみるとレイアウトが普通のコンビニと一緒なので、意外と違和感が無いのです。これには驚いた…。



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2012.3.10 

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2012.3.10 

国道398号線からJR気仙沼線志津川駅方向を望む。道床の先に見えるコンクリートの台がプラットホーム。
その左手には駅前ロータリーに停車するミヤコーバス、さらに左奥に見える建物は、南三陸警察署。
余談ですが、2001年秋に運転されたみやぎ国体お召は、この志津川駅まで1号編成が入線していたんですよね。私は和渕で撮影していましたが。(確か、お召は柳津までで、その先、志津川までは回送だったような…)


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2012.3.10 


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2011.4.2 
震災から1ヶ月も経たないうちに、町には新しい電信柱が立ち並んでいた。

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2011.5.21 


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2011.5.21 
南三陸町ではおよそ16mの津波が押し寄せた。
写真中央よりやや右奥、丸い水色のロゴが見える建物がショッピングセンター「サンポート」。
津波はこのサンポートの屋上を超えた。


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2011.5.21 

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2011.5.21 


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大震災から1年を迎えようとしていた3月10日、南三陸町の防災対策庁舎には花を手向ける人の姿が絶え間無く続いていた。
この庁舎から南三陸の町中に避難を呼びかけ続け、そして津波で亡くなられた職員の方々のご冥福を祈り、南三陸を後にしました。



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03 19 ,2012  Edit


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走れ!仙石線

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3月10日、仙石線の不通区間である野蒜~東名駅間で「第1回 走れ!仙石線 ~東松島・野蒜駅から東名駅まで手をつなごう~」イベントが催されました。

この日の最高気温は3度。あいにくの冷たい雨が降る中でしたが、およそ100名あまりの方が全国から集まり、仙石線への思いを認めた夢ハンカチを繋ぎ、野蒜駅から東名駅まで歩いた後、参加者の手で一斉に風船がリリースされました。



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2011.4.2 仙石線野蒜駅 
この当時は、まだ瓦礫類は一切片付けられておらず、駅舎の時計は2時47分を指して止まっていた。


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平成24年3月10日現在の野蒜駅。すっかりと瓦礫や泥は片付けられている。



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205系3100番台M9編成。石巻発あおば通行き普通1426S列車は、14時46分野蒜駅出発直後に地震に見舞われ、野蒜~東名間で緊急停車。地震発生からおよそ1時間後、高さ3mを超える津波が付近一帯を襲った。


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大量の泥を含んだ津波は仙石線の車両を線路上から押し流し、4両編成の電車はくの字に曲がった状態で住宅地に流された。原型を留めないほどに拉げた車体が、津波の威力を物語る。

M9編成は平成23年4月24日から現地にて解体処理が開始され、同5月上旬までに全ての車両が搬出されている。


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2011.4.2 野蒜駅 

架線柱は倒れ、ホーム上は泥に覆われていた。


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2012.3.10野蒜駅

平成23年4月21日から29日まで実施された日米合同の作戦「ソウルトレイン」にて、約60名の米陸軍と自衛隊員らが野蒜駅と陸前小野駅周辺の瓦礫を撤去した。ホーム上の泥は除去されたが、少し視線をずらすと、まだ随所に爪痕は残る。

仙石線は3月18日現在、高城町~陸前小野間で不通となっている。野蒜駅付近は、新線が内陸500m側に作られることになるようで、5年後の全線開通を目指して、今後工事が進められていくことになるようです。



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03 18 ,2012  Edit


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雄勝公民館屋上の観光バスが撤去される

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3月10日、宮城県石巻市の雄勝公民館屋上に残された観光バスが撤去された。
バスは震災当日、500メートル離れた駐車場から津波で流され、高さ約10メートルの公民館の屋根の上に打ち上げられた。

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津波の脅威を後世に伝えるために、モニュメントとして残すという話も出ていたが、「辛い過去を思い出す」という住民の感情を尊重して、震災から1年を迎える前日の10日、撤去されることになった。


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冷たいみぞれが降る中、午前10時に作業が開始された。
一体どのように玉掛けが行われるのだろう?と思っていたら、屋上からはみ出したバス後部に引っ掛けるような形で行われました。


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公民館周辺には、集められた瓦礫が山積みされており、この日、この天候の中でも作業は行われていた。


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みぞれは雪となり、視界が悪い中、いよいよ130tクレーンによる吊り上げが開始された。
まずは地切りが行われ、吊り荷の状態が確認されている模様。



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瓦礫の山の上で作業をしていた重機の扱者も、一旦作業を中断。
KHBをはじめ、多数のメディアや地元の方々およそ100人余りが見守る中、5分ほどかけてバスは1年ぶりに地上に下ろされた。
バスはこの後、現地にて解体・撤去されている。




2012.3.10 石巻市雄勝町 

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03 17 ,2012  Edit


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北海道キャンプ最終日、釧網本線へ。

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2012.2.22 釧網本線 止別~浜小清水

常紋峠から一気にオホーツク海を目指す。
昨日の道北地方の天気が嘘の様に晴れ渡る道東の青空の下、びっしりと接岸する流氷を想像しながら止別の丘に立ってみたら、…あれ?無えじゃねえか。
昨日の西風で沖に流されてしまったようである。
温暖化の影響か、年々、流氷が見られる確率は減っているようです。



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2012.2.22 釧網本線 北浜駅 

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2012.2.22 釧網本線 浜小清水~原生花園

流氷は残念ながら見えなかったが、知床の山は辛うじて見えている。
それと絡められるアングルを求めて北浜辺りから斜里方面に小移動を繰り返すが、なかなか山と重なるような場所は見つからず、4734Dはここで妥協。丁度湧き出た雲で山が霞んでしまった。


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2012.2.22 釧網本線 止別~浜小清水 

徐々に日は傾き、知床の海別岳(1419m)がだんだんと紅く染まり出す。
そして日没間際、夕陽に紅く染まる海別岳を背に、4738Dが走って来た。
これを北海道冬期キャンプのラストカットとし、全ての行程を終える事とした。

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03 17 ,2012  Edit


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懲りずに再び常紋峠146KPへ。

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ふかふかの新雪道を走りたいと言う刺激を求め、北海道キャンプ初日に続いて最終日の22日も、常紋峠へ出掛けました。この日は、始発の4653Dを踏切近くのお手軽S字アングルで撮影。日曜日に撮影した時は単行でしたが、平日は堂々の4連運転となります。


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その後、数十分の雪中行軍を経て146キロポストへ移動。
この日の8071レは、前1152号機、後が原色1184号機でした。と言う事は、8074レが原色先頭だったんですね…無念。


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遠軽町生田原付近で、美瑛の丘的な風景を。


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8071レ撮影後は再び踏切まで雪中行軍。
唸りを上げて峠を登る、続行の4659Dを撮影してから、オホーツク海を目指しました。




2012.2.22 石北本線 生田原~常紋(信) 

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03 15 ,2012  Edit


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吹雪の日、剣淵駅。


猛吹雪で大荒れの道北。この日、宗谷本線は名寄~稚内間で終日運休となってしまった。
我々は、何とか抜海駅から稚内市内に逃れ、内陸の国道40号経由でひたすら南下した。
しかし、吹雪は増々激しさを増すばかりで、少し進んでは休憩の繰り返し。雪列車の追っかけどころではない緊急事態であった。
稚内からは主任にハンドルを任せた。命を預けた。佐久あたりで4重衝突事故直後に出くわし、R40は身動き取れず大渋滞。みるみる窓ガラスが雪に埋もれて行く。吹雪で視界不良をいい事に、大渋滞の最中で路肩に立ちションをしてやった。まったく動く気配が無いので、仕方なくセイコマで買った豚丼を食べようとした途端に、車が動き出した。30分近く止まっていたかな。

ひたすら吹雪の中を走り続け、名寄を過ぎた辺りから徐々に風が弱まって来た。
上りの雪列車は既に諦めていたが、気がつくと下りの雪列車が来る時間になっていたので、剣淵駅へ行ってみる事に。

駅で除雪作業をされていた方に訪ねてみると、もうすぐ雪列車が到着するとの事だったので、跨線橋で待つ事に。


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来た来た。少し遅れての到着。積雪が多い中、最徐行で進入して来た。

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窓越しだと見辛いのでしょうか?顔を出して停止位置を確認しているようでした。



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この日は特急サロベツもウヤ。
雪列車は交換することなく、数分後、再び北へ走り出して行きました。



2012.2.21 宗谷本線 剣淵駅 

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03 14 ,2012  Edit


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北の国から2012 ~絶望~

2月21日の朝、副港市場の駐車場に停めた車で目が覚めた。時折、グラグラと車が大きく揺れる。
吹雪の朝だった。ああ、ついに今シーズンも利尻富士を拝む事は無かったか。。。
7時前、この日も抜海辺りから撮影を始めようと、ひとまずオロロンラインヘ向かった。

ところが、海沿いのオロロンラインへ出た途端、さっきまでの吹雪が可愛く思えるくらいの猛吹雪であった。
それでも道は通行止にはなっておらず、地元民の車も数台走っていたので、その後をくっついて行く事にした。が、自分の前を走っている車が、一瞬にして見えなくなる。それどころか、路肩すら見えない。僅か数メートル横に有るはずの路肩や防雪壁が全く見えない完全なホワイトアウトの状態に陥った。

しかし、停止する訳にはいかない。追突される危険が有る。ハザードを出しながら時速10キロほどで走っていると、地元の車が普通の速度で追い抜いて行った。さすが北国の民は凄い。一体、何を目印に走っているのだろうか?
まっすぐ走っているつもりでも、いきなりフロントガラスにバフッっと雪が多い被さる。
吹き溜まりに突っ込んだようだ。幸運にもスタックする事は無く、脱出出来た。

再び猛烈な吹雪の中を白い悪魔と闘いながら突き進む。
素直に引き返せば?とお思いだろうが、Uターン出来る場所が有るなら教えて欲しいわい!
吹き溜まりに突っ込んでは、また吹雪の中をトロトロ進むと言う事を繰り返し、普通なら10分もかからない距離を、30分以上かけて抜海駅に通じる分岐点に到達した。
助手席に乗車中の主任は、この白い地獄を彷徨よう最中、なんとカメラを構えていたのは、もう、さすがとしか言いようが無い。


内陸に入り込めば…。


そう思い、苦労して分岐を曲がり、抜海~勇知方面へ向かった。が、甘かった。
抜海駅から先の道道510号抜海兜沼停車場線が、まったく除雪されていないのである。
もはや途方に暮れるしかない。笑うしかない。昨日まで行けた道が、雪原と化しているのである。雪上車でない限り、もはやこれ以上は…。

ひとまず、抜海駅に逃げ込む事にした。

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 ★★★ 続きはこちら »

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03 13 ,2012  Edit


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最北のマクドナルド

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はるばる来たぜ!日本最北のマクドナルド、40号稚内店。
2009年のオープン以来、毎年稚内に訪れているものの、ハードスケジュールの為に看板すら見たことが無かった。
その積年の思いが漸くこの日、叶ったのである。何とも感慨深い。これぞ旅の醍醐味…と思いきや、外観も内装も至って普通のマクドナルドでした。メニューも、特にご当地ものが有る訳でも無く。。。


しかし、ここは紛れも無い日本最北のマクドナルド。
それを証明するべく、ここではドナルド氏と共に記念写真が撮れるスポットが有るのだ。
早朝5時過ぎだが、早速お会いしに行ってみた。


…すると




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ドナルド氏は何と雪に埋もれているではないか。
ここは厳冬期の日本最北の地、稚内。
明け方5時の気温は氷点下13度。
氏の横には、「ここが日本で一番北に有るマクドナルドですよ」という文言が書かれた看板が有るのだが、吹き付けた雪で僅かに北海道の形が見えるのみ。


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恐る恐る近づいてみたが、コワい!これはコワい。雪に埋もれてもなおポーズをとり続けるとは、さすが世界のドナルドである。
その表情は雪で窺い知る事は出来なかったが、きっと満面の笑みを浮かべて我々を迎えてくれていたに違いない。
しかし、ドナルド氏に触れる勇気は私には無かった。

稚内ではマクドナルドはマックなのかマクドなのかを聞いてみたかったのだが、それは春の雪解けを待ってから、改めて訪ねる事にしよう。

2012.2.21 北海道稚内市 

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03 12 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

1年

スクリーンショット(2011-03-12 1.16.11)
2011.3.12 (C)日本道路交通情報センター(スクリーンショットより) 

1年前の今日、職場であの大きな揺れを体験した。長い揺れは収まるどころか次第に激しさを増し、棚やロッカーをなぎ倒した。退社時、既に道路は大渋滞していた。最寄りの駅までおよそ5キロ。移動手段は自分の足しかなく、ひたすら歩いた。やっとの思いで駅に着くと、まだ19時前にも関わらず、JRの駅は営業を終了し、シャッターが閉じられ様としているところであった。さらに自宅までは25キロほど。とにかく歩くしか無かった。

車と人で溢れかえる道を歩き続け、0時ごろ、自宅に着いた。湯船の水は半分に減り、家具は倒れ、部屋の中は滅茶苦茶。ネットは普通に繋がったので、道路情報を見てみると都内の主要幹線は真っ赤っか。こんな状況が未明まで続いていた。


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2011.3 岩手県陸前高田市 

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2011.5 JR山田線陸中山田駅 

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2011.5 JR山田線陸中山田駅 

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2011.6 岩手県大槌町 

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2011.6 JR山田線 大槌~吉里吉里 



これほど時が経つのを早く感じた1年は無かった。
堆く積まれた瓦礫はすっかり撤去されて、仮設ではあるが、食堂や商店街が開店していた。
新たな船で漁が再開され、市場に活気が戻り始めた。
長い間不通になっていた鉄道も、徐々に復旧しつつある。

解決して行かなければならない問題もまだまだ有るが、ゆっくりと、確実に東北は復興へと向かっているのを実感した。




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03 11 ,2012  Edit


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Category: 陸送 > 【陸送】地下鉄車両   Tags: 陸送  

都営大江戸線12-600形第2編成陸送

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大江戸線の新車が道路を運ばれていました。


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かつて都電36系統が走っていた時の名所、新大橋を大江戸線の電車が渡る。


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妻面を見ると、大江戸線の車体って不格好なんだなあと感じます。


2012.3.1 東京都交通局大江戸線12-600形 12-621、12-622号車 

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03 10 ,2012  Edit


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雪372列車を追って。

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2012.2.20 宗谷本線 雄信内~糠南 

キタキツネの足跡でしょうか?
ハート型に見えてしまいました。


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2012.2.20 宗谷本線 糠南~問寒別 


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2012.2.20 宗谷本線 天塩中川~佐久 
超望遠で狙うも、積雪少なくウイング開かず。


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2012.2.20 宗谷本線 佐久~筬島 
何気なく車を停めて線路側を見たらエゾシカがいました。
ちょうどラッセルが走って来てくれて、林が被り気味ながらもツーショット。


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2012.2.20 音威子府駅 

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2012.2.20 音威子府駅 

ラッセルを追って音威子府まで来たなら、最北の蕎麦「音威子府そば」を喰わぬは鉄の恥。
駅の待合室で暖を取りながら昼食とする。この日の撮影はここまで。
ここから一度、天塩方面へ抜けて温泉で垢を落とす。あとはオロロンラインを北上し、再び稚内を目指したのです。


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2012.2.20 道道106号線オロロンライン 浜里付近 
冬のオロロンラインでは毎回、シカの大群に出会う。今回も海辺の草地を求めて現れた群れに遭遇した。
 

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03 09 ,2012  Edit


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稚内から南下。

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2012.2.20 宗谷本線 抜海~勇知  

徹夜で雪361レを追いかけて、稚内市内に到着したのは午前5時ごろ。
ここで漸く束の間の休息がとれる。モダで給油し、セイコマのPに車を停めて仮眠…というか、瞼を閉じたらもう朝でしたという感じで、再びこの日の活動開始時間となった。

午前7時。朝日が眩しいオロロンラインを南下し、抜海へ。
まずはスーパー宗谷2号から撮影を始めた。



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2012.2.20 宗谷本線 抜海~勇知 



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2012.2.20 宗谷本線 抜海~勇知 

スーパー宗谷を撮影した後は、勇知の跨線橋へ移動する。さっきまで晴れ間が見えていたのだが、見る間に雲が沸き出して、小雪まで散らついて来た。やはり今シーズンは雪が多い。跨線橋の欄干はすっかり雪に埋もれていた。
何とか足場を固めて、定刻にやって来た上りの雪列車を撮影する。




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03 07 ,2012  Edit


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Category: 陸送 > 【陸送】地下鉄車両   Tags: 陸送  

千代田線陸送

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2012.2.16 6123F
2012.3.1 6125F

※6107Fは北海道キャンプで未撮影です♪ 


たまには近場で小ネタ陸送を。
先頃、2月中旬から3週連続で、東京メトロ千代田線の海外譲渡に伴う陸送が行われました。
今回搬出されたのは、6123F、6107F、6125Fの3本。
最終日は一晩で一挙6両もの大量搬出となりました。
いやあ、近場はラクでいいですね。

しかし、先導の方は遠いところから大変でしたね。本当にお疲れ様でした。
また梅雨の時期にでもお会い致しましょう。




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03 06 ,2012  Edit


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最北の地へ。

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2012.2.20 宗谷本線 上幌延~幌延 

雄信内から平行する道道256号線を通り、幌延までやってきた。
ここで踏切注意のSL看板と絡めて撮影してみる。
昨シーズンは、ここで肩透かしを喰らってしまったが、今回は所定通りに来てくれてひと安心。


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2012.2.20 宗谷本線 徳満駅 


お次は幌延から幌富バイパスを通って徳満駅へと先行した。
今宵何発目の撮影か? 乗務員氏もさすがにあきれていることだろう。

情弱ゆとり主任は夢の中を旅行中だったので、ひとり、徳満駅のホームに堆く積まれた雪山に登って、後追い撮影をいたしました。


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2012.2.20 宗谷本線 抜海駅 

ついに抜海である。空にはちらほら星が瞬いているのが見える。夜が明ければ、幻の利尻富士が我々を出迎えてくれるのだろうか?俄然、期待が高まります。
ホームの出発反応標識が点灯すると、泊まり勤務の方でしょうか?眠そうな目をこすりながら、極寒のホームに薄着で指差喚呼をしに出て来たのにはちょっと驚きました。

その5分後、雪深い抜海駅をラッセル車はゆっくりと通過していった。終点まであとひと駅!

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03 05 ,2012  Edit


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雪列車を追って再び北上せよ。

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2012.2.20 宗谷本線 筬島

音威子府で暫しの休息を取ったのち、一行は再び北上前進を始めた。
外気温は氷点下15度、ツルンツルンに凍りついた国道40号線を慎重に走り、筬島駅へ先回りして撮影。

空には満天の星。小ぢんまりした貨車駅は相変わらずだったが、その周辺では昨年にも増して自動車道建設の工事が進み、事務所などが設置されていたりして、少々趣が削がれてしまっていた。




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2012.2.20 宗谷本線 佐久~天塩中川 

DE15のテールライトを追いながら圧雪路をひた走り、続いては佐久駅先の踏切で撮影。
丑三つ時、それまでの静寂を破り踏切が鳴り出すと、ゆっくりとラッセル車が通過していった。


その後、問寒別を経て、更に雄信内まで先行する。

しかし、ついにここでゆとり主任が堕ちた。眠いと言い出したのである。
振り返れば朝4時半に起床して、氷点下の中の早朝雪中行軍。さらに圧雪、アイスバーンの道路を300キロ以上移動して来た。音威子府の待合室で仮眠を取った3時間以外は、今の今までおよそ20時間、ほぼハンドルかカメラを握りっぱなしだった訳である。
懸念はあったものの、やはり、ゆとり世代にこの厳冬キャンプメニューは些かきつかったようである。

いたしかたない。ここからはアシスタント無しでの活動となる。しかし、その分の時給はしっかりと引かせていただくことにした。


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極寒の雄信内駅構内に三脚を立て、バッテリー温存のため、本体からバッテリーを抜いてカイロで温めながら列車を待つ。
やがて、下平トンネルを出てきたDE15のヘッドライトが構内を照らし始めた。真っ暗闇の世界に、だんだんと色が浮かびあがり、雪を被った駅舎が露になる。


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2012.2.20 宗谷本線 雄信内駅 



轟音を響かせて時速15キロほどでラッセル車が通過すると、あたりは再び闇に包まれ、駅には静寂の時が戻った。
夢の中のゆとり主任を横目に、さらに北上は続く。



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03 04 ,2012  Edit


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Category: 四国   Tags: ---

アンパンマントロッコ列車甲種輸送

名称未設定-1

名称未設定-3
上記2枚とも、2003.5.5撮影 JR四国 予讃本線 多度津駅 
キハ185-26+キクハ32-501(瀬戸大橋開業15周年記念HM)

JR四国で運行されているアンパンマントロッコ列車が、この春から東北被災地の子供たちを無料招待して石巻線などを走るということで、その使用車両の甲種輸送が3月1日から3日にかけて行われました。
アンパンマンカラーでは無いキクハ32-501号車の方は、以前、多度津で撮った事が有りましたが、個人的にはキクハ32よりもキハ185の方に興味が有ったりして。。。

しかし、JR四国も粋なことをしてくれるじゃないですか。今度はJR九州の「いぶたま」をお願いしますよ。



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2012.3.3 東北本線 片岡~蒲須坂 
回9502レ EF81-95+24系7B

と言うことで、アンパン甲種を撮りに東北本線へ。この日は、ちょうど虹釜黒磯訓練が有りました。



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2012.3.3 東北本線 蒲須坂~片岡 
9163レ EF65-1097+キクハ32-502+キハ185-26 

キクハ32-502の側面には、アンパンマンのキャラクターを隠すようにシートが。
小田急のFトレの件も有って、こんな措置が行われたとか。相変わらず行政は石頭やのう。





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03 03 ,2012  Edit


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Category: 陸送 > 【陸送】新幹線車両   Tags: 陸送  新幹線  E5系  

E5系U12編成1&2号車陸送

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着実に増備が進んでおります。
今回運ばれたのは川重製のU12編成。いつもより搬出時間が早く、途中からの撮影となりました。

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仙台市内では数日前に雪が降って、道路にはそれなりの積雪が有ると聞いておりました。
路面状態によっては陸送が施行されるのかどうかが気がかりでしたが、27日未明の時点ではほとんど雪は無く、民家の屋根等にその名残が見受けられる程度でした。ひとまず、無事に搬出されて何よりです。

2012.2.27 JR東日本E5系U12編成1・2号車
仙台市宮城野区内にて。

【関連記事】
HAYABISA 〜E5系、深夜の仙台市内を往く〜

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03 02 ,2012  Edit


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Category: 北海道   Tags: ---

音威子府の待合室にて。

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2012.2.19 53D スーパー宗谷3号

雪列車は名寄で一旦入庫する。それを見届けて、ようやく飯にありつける。主任が探してくれた名寄市内のラーメン屋でしめやかに食事を済ませ、この先の夜鉄に備えて西條で夜食を大量に買い込んだ。

名寄から国道を北上し、音威子府へ。ここで特急スーパー宗谷の下り最終列車を撮影する。音威子府では、枝幸や鬼志別方面へ向かうバスに接続しているので乗降客も多い。



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スーパー宗谷が発車すると、この日の旅客営業は終了となり、あたりは静寂につつまれる。時間はまだ21時だが、深夜21時という表現が適当な音威子府の夜。

朝4時半に起床し、撮りっぱなし走りっぱなしの1日。疲れもだいぶ溜まってきたので、ラッセルが到着するまで待合室の特設コーナーにて暫しの仮眠である。ここでのステーションビバークは自分的には快適で、すでに冬の宗谷ラッセル撮影ではパターン化している。


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2012.2.20 DE15-2521 雪371レ


日付が回り目が覚めると、駅の待合室には暖房機の暖かい音だけが響いていた。
到着の時刻が迫り、待合室から氷点下20度近い外に出て耳を澄ましてみると、踏切が鳴っているのが聞こえた。
今日も定刻での到着のようだ。やがてDE15がゆっくりと入線してくると、さっきまでの静寂が嘘のように機関車のエンジン音が構内に響き渡る。作業員の方々がライトで足回りを照らし、入念に点検されていた。この厳しい環境の下、大変なご苦労であろう。そして我々も、ラッセル追走後半戦に向けて機材をまとめ、車に乗り込んだ。


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03 01 ,2012  Edit


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