三陸鉄道不通区間

田野畑駅近くのキハ36型を模した水門施設。こちらも津波の被害を受けてたいへんな被害を受けてしまった。
田野畑駅自体はここよりも高台に位置しているので被害は無かったのですが、宮古方面へ進むと、線路や高架橋が流されてしまっている。田野畑から小本の間は、平成26年4月の運行再開を目指して、現在復旧作業が急ピッチで行われているところです。

北リアス線の島越駅付近。駅舎はもとより、高架橋、線路など、ほとんどの鉄道施設が流失してしまい、北リアス線では一番被害が大きい箇所となっております。
2011.6.19
同じく南リアス線三陸駅近くの越喜来(おきらい)小学校。校舎は全壊し、校庭には土砂等が積まれていた。
震災から1年が経ったこの日、小雨がしとしとと降る中、眩い光に校舎は照らされていた。
テレ朝系列の震災報道特別番組の中継が、ここ越喜来をベースに行われており、三陸鉄道の三陸駅ホームには古館伊知郎氏、長渕剛氏が来て居た。
その三陸駅方向から、雨の中、懐中電灯の明かりを頼りに一人のおじいさんが歩いて来たので挨拶をすると、「全然(撮影場所が)見れなかった。」と、残念そうに語っていた。聞くと、ご自宅は津波で全部流されてしまったとのこと。現在は町内の仮設住宅住まいだという。「でも命が助かって良かったじゃないですか」と話すと、うんうんと顔を縦に振っていた。
ちょうどその時、町の中を1台の救急車が走って行った。それを見たおじいさんがえらく驚いていたのが印象的であった。都会なら珍しくも無いことだが、この辺りでは救急車が自分の住む町に走って来る事が珍しいことなのだろう。
ましてや、テレビ局や有名人がワラワラとやって来て、自分の町をベースに全国へ向けて生中継されるなんてことは、どえらい出来事だったに違いない。おじいさんが喜び勇んで三陸駅へ向かってみると、駅周辺200メートル以内はスタッフ以外完全立入り禁止。何十人もの警備員が配置されていたという。その警備スタッフに言われた言葉は「撮影現場に近づくことは出来ません。ご自宅に戻られてテレビでご覧になってください」とのこと。駅周辺には、住民およそ100人が集まっていたのだが、一様に残念そうにきびすを返していた。
確か、報道ステーションの震災特番だったか?
全国放送で震災1年のドキュメンタリーを放送していたが、地元の皆さんに対しては実に蔑ろなご対応だったようで…。
仮設住宅にお住まいの方が居る事も容易に想像出来るでしょうに、「ご自宅に戻ってテレビを見てくれ」などと、よく言えたもんである。
震災から1年が経ったこの日、小雨がしとしとと降る中、眩い光に校舎は照らされていた。
テレ朝系列の震災報道特別番組の中継が、ここ越喜来をベースに行われており、三陸鉄道の三陸駅ホームには古館伊知郎氏、長渕剛氏が来て居た。
その三陸駅方向から、雨の中、懐中電灯の明かりを頼りに一人のおじいさんが歩いて来たので挨拶をすると、「全然(撮影場所が)見れなかった。」と、残念そうに語っていた。聞くと、ご自宅は津波で全部流されてしまったとのこと。現在は町内の仮設住宅住まいだという。「でも命が助かって良かったじゃないですか」と話すと、うんうんと顔を縦に振っていた。
ちょうどその時、町の中を1台の救急車が走って行った。それを見たおじいさんがえらく驚いていたのが印象的であった。都会なら珍しくも無いことだが、この辺りでは救急車が自分の住む町に走って来る事が珍しいことなのだろう。
ましてや、テレビ局や有名人がワラワラとやって来て、自分の町をベースに全国へ向けて生中継されるなんてことは、どえらい出来事だったに違いない。おじいさんが喜び勇んで三陸駅へ向かってみると、駅周辺200メートル以内はスタッフ以外完全立入り禁止。何十人もの警備員が配置されていたという。その警備スタッフに言われた言葉は「撮影現場に近づくことは出来ません。ご自宅に戻られてテレビでご覧になってください」とのこと。駅周辺には、住民およそ100人が集まっていたのだが、一様に残念そうにきびすを返していた。
確か、報道ステーションの震災特番だったか?
全国放送で震災1年のドキュメンタリーを放送していたが、地元の皆さんに対しては実に蔑ろなご対応だったようで…。
仮設住宅にお住まいの方が居る事も容易に想像出来るでしょうに、「ご自宅に戻ってテレビを見てくれ」などと、よく言えたもんである。
あの番組内で、サーチライトに照らされた無人の越喜来小学校が何度か映し出されたが、実はその周りには、越喜来に住む皆さんが、テレ朝のスタッフに追い返されていた。被災者の今を伝える番組が、一番近くに居た被災者を蔑ろにするという、何とも腑に落ちない思いに耽った、震災1年目の夜でした。


























