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電車を撮ろう。

日本国内のJR・私鉄問わず、電車・気動車・客車・機関車・臨時・回送・団体・イベント・貨物・試験列車・廃車体・陸送etc...鉄道に関する写真を不定期アップ


Category: 東日本大震災   Tags: ---

三陸鉄道不通区間

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田野畑駅近くのキハ36型を模した水門施設。こちらも津波の被害を受けてたいへんな被害を受けてしまった。
田野畑駅自体はここよりも高台に位置しているので被害は無かったのですが、宮古方面へ進むと、線路や高架橋が流されてしまっている。田野畑から小本の間は、平成26年4月の運行再開を目指して、現在復旧作業が急ピッチで行われているところです。

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北リアス線の島越駅付近。駅舎はもとより、高架橋、線路など、ほとんどの鉄道施設が流失してしまい、北リアス線では一番被害が大きい箇所となっております。

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上記3点、2011.5.3撮影
高架上に敷かれていたレールは、枕木ごと剥ぎ取られ、飴のように折れ曲がった状態で宙づりになっていました。(島越駅付近)

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2011.3.26
南リアス線唐丹〜吉浜間の熊野川に架かる橋りょうも、周辺の住宅とともに流されてしまっていた。

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2012.3.11
震災から1年が過ぎた頃。がれき類や流失した橋桁は撤去され、電線が張り直されていた。
ここの区間も、平成26年4月の運行再開に向けて、今後も復旧作業が続けられるだろう。

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2011.6.19
南リアス線三陸駅近くの三陸郵便局。この郵便局も津波の被害を受けて、局舎内は泥まみれになっていた。
現在、同郵便局は高台へ移転して営業を再開している。

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2012.3.11 越喜来小学校
同じく南リアス線三陸駅近くの越喜来(おきらい)小学校。校舎は全壊し、校庭には土砂等が積まれていた。
震災から1年が経ったこの日、小雨がしとしとと降る中、眩い光に校舎は照らされていた。

テレ朝系列の震災報道特別番組の中継が、ここ越喜来をベースに行われており、三陸鉄道の三陸駅ホームには古館伊知郎氏、長渕剛氏が来て居た。
その三陸駅方向から、雨の中、懐中電灯の明かりを頼りに一人のおじいさんが歩いて来たので挨拶をすると、「全然(撮影場所が)見れなかった。」と、残念そうに語っていた。聞くと、ご自宅は津波で全部流されてしまったとのこと。現在は町内の仮設住宅住まいだという。「でも命が助かって良かったじゃないですか」と話すと、うんうんと顔を縦に振っていた。

ちょうどその時、町の中を1台の救急車が走って行った。それを見たおじいさんがえらく驚いていたのが印象的であった。都会なら珍しくも無いことだが、この辺りでは救急車が自分の住む町に走って来る事が珍しいことなのだろう。
ましてや、テレビ局や有名人がワラワラとやって来て、自分の町をベースに全国へ向けて生中継されるなんてことは、どえらい出来事だったに違いない。おじいさんが喜び勇んで三陸駅へ向かってみると、駅周辺200メートル以内はスタッフ以外完全立入り禁止。何十人もの警備員が配置されていたという。その警備スタッフに言われた言葉は「撮影現場に近づくことは出来ません。ご自宅に戻られてテレビでご覧になってください」とのこと。駅周辺には、住民およそ100人が集まっていたのだが、一様に残念そうにきびすを返していた。

確か、報道ステーションの震災特番だったか?
全国放送で震災1年のドキュメンタリーを放送していたが、地元の皆さんに対しては実に蔑ろなご対応だったようで…。
仮設住宅にお住まいの方が居る事も容易に想像出来るでしょうに、「ご自宅に戻ってテレビを見てくれ」などと、よく言えたもんである。
あの番組内で、サーチライトに照らされた無人の越喜来小学校が何度か映し出されたが、実はその周りには、越喜来に住む皆さんが、テレ朝のスタッフに追い返されていた。被災者の今を伝える番組が、一番近くに居た被災者を蔑ろにするという、何とも腑に落ちない思いに耽った、震災1年目の夜でした。

テーマ : ある日の風景や景色    ジャンル : 写真

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05 14 ,2012  Edit


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Category: 東日本地区   Tags: ---

八戸線試運転列車

東日本大震災以降、線路流失などの甚大な被害を受けて不通となっていた種市〜久慈間が、平成24年3月17日に運行を再開、これによりJR八戸線は全区間での営業が再開されました。

運行再開に先駆けて、3月10日から種市〜久慈間で早朝から試運転を開始。
同時に、長らく久慈駅構内に留置されていたキハ40系5両も、DE10のプッシュプルによって八戸運輸区まで回送されました。

また、翌11日からはキハ40系およびキハ48系気動車による試運転が開始され、種市〜久慈間を3往復いたしました。

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手前、久慈方からキハ48-1510+キハ40-552+キハ40-563の試運転列車。
試運転は10日から毎日行われる予定でしたが、3月12日の青森・岩手県の太平洋側では記録的な春の大雪が降り、この日の試運転は中止となりました。

翌13日、被害の大きかった陸中八木付近にて列車を待っていると、八戸方から試運転列車が現れました。
積雪のためわかりにくいのですが、この付近のレールは新たに敷き直されており、その軌道を確かめる様に列車は25キロほどの非常にゆっくりとした速度で走ってきました。

津波で流失した大浜川橋梁に差し掛かる試運転列車。
軽くホーンを鳴らし、ゆっくりと通過します。

DSC_8369のコピー
2012.3.13 宿戸〜陸中八木(上記2枚)
左手に見える青い看板は、津波警報などが発令された際、避難口の方向を示すものであり、宿戸〜陸中八木間では15ヶ所に設置されました。

DSC_8429のコピー
 2012.3.13  陸中八木〜有家 
築堤上を徐行して通過する試運転列車。
この日は、陸中八木〜有家間で避難誘導訓練が実施される予定でしたが、前日に降った雪の影響で中止になりました。
ちなみに、この区間には16ヶ所に避難口案内看板が設置されているようです。

テーマ : 鉄道写真    ジャンル : 写真

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05 04 ,2012  Edit


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Category: 東日本大震災   Tags: ---

八戸線

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2011.4.8 JR八戸線  陸中八木〜宿戸 

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2012.3.13 JR八戸線  陸中八木〜宿戸 
大浜川橋梁付近の画像です。2011年4月の時点では、橋桁や線路が流失し、ところどころ路盤も流されている状況でありながら、復旧工事も全く手つかずのままという状況でした。

大震災から1年後、築堤が新たに築かれ、新しいバラストが撒かれ、そしてレールが敷かれました。

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2012.3.13 
流失した橋桁も完全復旧。
17日の運行再開を待つのみ☆

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2011.4.8 陸中八木(以下、特記以外は陸中八木駅で撮影)

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2012.3.13
陸中八木駅の構内には、別の保線用車両が止まっておりました。
雪の付き具合から、ひと仕事終えた後なのだと想像出来ます。

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2011.4.8 

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2011.6.19
 

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2012.3.13  
上記3枚、陸中駅前で撮影。再開を前に、きれいにリフォームされておりました。

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2011.4.8

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2012.3.13  
駅名板も新調されています。

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2012.3.13 
運転再開歓迎の横断幕。


DSC_8325.jpg DSC_8323.jpg
 2012.3.13 陸中八木〜宿戸
沿線に設置された津波避難経路の案内看板。この看板が役に立つ日が来ないことを祈りたいものです。

テーマ : ある日の風景や景色    ジャンル : 写真

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05 03 ,2012  Edit


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